アメリカ人のタイタニック・オブセッション
先週一週間、アメリカのニュースは海底に沈んだタイタニックを観に行く潜水艇が行方不明になったニュースで盛り上がりに盛り上がった。確か6月18日の日曜日に、潜水艇が連絡を絶ったという一報が報道され、それ以降はもう・・・
「酸素が持つのは木曜午前中まで! 残された時間は〇〇時間!時間との闘い!」
「乗っていた客は大金持ち3人とその息子、操縦士はその潜水艇観光の会社の社長!!」
「客は一人あたり(日本円にして約)2500万円の費用を払っていた!!」
「フランス、カナダ、アメリカの国際チームが国際水域を捜索中!!」
「8時間を切った!!」
「海中から何かを激しく殴打するノイズを検出、その付近を集中捜索!!」
五人の人間が潜水艇に閉じ込められ、薄れゆく酸素の中、出してくれ助けてくれと潜水艇の壁を叩き、それを救いに行く精鋭中の精鋭のヒーロー!! うまくいったら映画化確実だな!! ・・・まるでそんな報道がなされ、SNSは素人リポーターであふれ、あまり進展も無いのに遠い関係者とか過去に同じ潜水艇に乗った人たちとかを引っ張り出してきて、おびただしい数のニュースが無理やり生み出され、そしてあっという間に暇な大衆に消費された。
実際のところは・・・
海底ではGPSが使えないため、15分おきに現在位置を母艦に知らせることになっていた潜水艇からちょうど海底についたかつかないかくらいの時間(潜水をはじめて2時間~3時間くらい)に位置通知の交信が来なくなって、ちょうどその時間くらいに爆発音が軍かどこかの船のソナーに拾われていたらしい。つまり、捜索チームは潜水艇が水圧に耐え切れず内破したという一瞬の悲劇をほぼ確信していて、生存者がいないであろうことも知っていて、捜索は確実にそうであったという確認をすること、つまり潜水艇の残骸発見に目的を置いていたと思われる。結局、センセーショナルに報道されたいた「殴打ノイズ」は問題の潜水艇と何の関係も無かったし、時間との戦いでもなんでもなかった。
このニュースが盛り上がれば盛り上がるほど、同時に巨大なクエスチョン・マークも人々の間で漂い始める。
「これって・・・そんなにニュースにするほどのこと? なんでこんなに騒がれてるの・・・?」
そんなもやもやである。
ニュースの大原則として、「悲劇は売れる」というのがあるらしい。私が大好きでコレクションしている間抜けなニュースや笑えるニュースみたいなのはうけないということ。まあ、わかる気がするんだけど、でも・・・でも・・・今回の事故って・・・そんなに「悲劇」・・・か・・・?
もともとかなり無理のある実験的な潜水艇で、専門家から厳しい警告を受けながらのベンチャービジネスだったというし、乗客も「障害を負ったり、死んだりしても御社を訴えません」的な文書にサインしていたというし。つまり冒険好きな大金持ちたちがリスクを知りながらありあまる金をつかって参加していたわけで・・・。「あの潜水艇はやばいよ、頼むから乗らないでくれ、と真剣に言ったが、彼(乗客の一人のフランス人男性)は笑ってとりあわなかった」と冒険仲間もインタビューで言っていた。悲劇と言えるのは、父親に誘われてこの冒険に出かけた19歳の青年だけじゃないのかな。彼自身はあまり乗り気じゃなかったけれど、父の日だし父親を喜ばせたかったらしい。
ここで引き合いに出されるのが、ちょうどこの潜水艇事故の前の週に起こったギリシャ沖の移民船沈没事故である。数日違いで起こった海難事故で、犠牲者の数は数百人にのぼるというのに、国際的な救助体制がほんの数時間で稼働を始めたか? ニューヨーク・タイムズで一面で報じて、刻一刻と速報が伝えられたか? TikTokでアクセス数爆上がりだったか? いやもう、ぜーんぜん。そんな船が沈んだことを知っているアメリカ人は、ほとんどいませんね。
この、報道の不可解なまでの偏り、昨年のギャビー・ペティートさん失踪事件を思い出します。ある日突然、ギャビー・ペティートなる若い白人女性のワイオミングの国立公園での失踪がニューヨーク・タイムズ紙はじめアメリカの主要メディアの見出しを独占するようになり、連日連夜過熱報道が続き、正直なんで彼女の失踪事件がここまでニュースになるのか大衆もわからないけれど、多くの人がニュースをフォローしてしまうという不思議現象が起こった。結局、ペティートさんは彼氏とのいわゆる「痴情のもつれ」で殺害されたと見られご遺体も無事回収されたという事件だったんだけど、先住民の女性もこれまで同じ地域でたくさん行方不明になって来たんだけどねえ・・・黒人女性も毎年毎年あちこちで行方不明になってるんだけど・・・? というやはり巨大なクエスチョンマークも大衆の頭上にもやもやと漂った報道合戦であった。
ギャビー・ペティートさん事件がアメリカ人の「消えた白人少女オブセッション」を浮き彫りにした事件なら、今回の潜水艇事故は、アメリカ人の「タイタニック・オブセッション」を示している事故だと思う。今回の潜水艇事故がここまで騒がれたのって、やっぱりタイタニックが絡んでいるからじゃないのか、と思うわけです。
「海底に残された洞爺丸の船体の一部を観に行った5人戻らず!!」
↑↑↑こんなことがあったとして、たとえこの5人にアメリカ人が入っていたとしても、きっとあまり気にしてはもらえまい。国際ニュースの三番目くらいに載るか載らないか・・・くらいだろう。第一、洞爺丸の事故現場を観に行くのに、2500万円払う人はきっといない。洞爺丸だって海難事故史上最悪レベルの大事故なのに。亡くなった祖母がこの事故のことをよく話していましたよ。でも、日本人だってタイタニックのことは知っていても、洞爺丸のことは知らない人、多いよね?
今回の事故はやはり「他の何物でもない、タイタニックを観に行った」ということが間違いなくニュースの価値を高めた。
ではなぜ人々は、特にアメリカ人はこんなにもタイタニックにこだわるのか? そこがよくわからないので、私の小さい脳みそで考えてみた。(ちなみに、ジェームズ・キャメロンさんの映画の影響は理由に入れません。なぜなら、鶏が先が卵が先かみたいになるけど、あの映画があるからアメリカ人がタイタニックにこだわるようになったわけではなく、先にキャメロン監督含むタイタニックにとりつかれている人々が多いからあんなすごい予算の映画が作られたわけで・・・。映画の前からある現象だと思うからです。)
タイタニック・オブセッションの理由その1:でかくて金がかかった船だったから
最初は、海難事故史上、最高レベルの犠牲者数(約1500人)を出して事故だからかな、と思ったのですが、そのレベルの事故ってほかにもある。でも、なぜタイタニックだけこれだけ有名なのかというと、やはり船の規模と当時の最新技術を駆使して贅を尽くした造り、そしてそれが一回目の航海すら完了できずに散った・・・そのへんにあるのではないかと思うわけです。その当時のハイ・エンド中のハイ・エンド、大衆のドリーム・シップだったわけで・・・。これが、「貧民をすし詰めにして航行した漁船が沈没、犠牲者2000人」だったら、ここまで後世ギャーギャー言ってもらえません。実際、アメリカではサルタナ号沈没事故という犠牲者ウン千人規模の事故が、タイタニックのだいぶ前の時代に起こっているんだけど、誰も気にしてませんねー。ボロ貨物船じゃ派手に散っても後世に語り継いでもらえないらしいです。
タイタニック・オブセッションの理由その2:お金持ちの白人様が乗っていたから
ここやはり重要です。ジェームズ・キャメロンも『THE TITANIC』は作っても『THE TOUYA-MARU』は作らんでしょう。やはり同胞の悲劇じゃないですから。確か平時の海難事故の犠牲の大きさナンバー1はフィリピンの船のはずなんですけど、残念ながらお金持ちの白人様が乗っていないと悲劇認定されないみたいですね。人間の命って平等じゃないんだな。前述のサルタナ号はアメリカ国内ミシシッピ川で起こった事故だったから、白人様は乗っていたはずだけど、残念ながら「重要な」「お金持ちの」白人様ではなかったんでしょうな。白人は白人でもそのへんの貧民じゃだめで、いいとこの人が乗っていないとニュース性が薄いらしい。今回の潜水艇事故も大金持ちばっかり乗っていたしね・・・。大金持ちの白人様5人>>>>>>>>>>>>>>貧しい移民150人、現代でも人々の関心はこうなのだから、タイタニック号沈没事故が100年を越えて人々をぐっとつかんでいるのも、やはり当時のお金持ちでハイクラスの白人様の乗る船だったから、というのはあるかと。
タイタニック・オブセッションの理由その3:ほどよく時間が流れているから
100年くらい、ということで事故が風化するというより、伝説っぽくなって、フィクションのようになっているところがある。乗船していた方々を直接知っている遺族の方も減り、世代が変わって、傷がある程度癒えるくらいの時間が経った。この事故後の時間の経過が短すぎると、今回の潜水艇のような「観光ツアー」はありえないし、悲劇の事故をロマンチックな悲恋映画に仕立て上げたようなものも作れない。家族の帰りを待っている遺族の方にあまりにも失礼かつ無神経だから。しかし、100年も経つと、1500人の尊い命が無念に失われたという事故の重み自体は薄れ、何か儚い美しいイメージになって人々を魅了している感じ。各地のサイエンス・センターとかでも、よく「タイタニック展」とかやってますからね。でも、「911展」とか「フクイチ展」とかやってお金とることはしないだろうし、できない(ニューヨークの911ミュージアムは開館した時はすごい話題になったけれど、パンデミックなんかの影響もあり現在は閉館、やはり事件から時間があまり経過しておらずあまりに生々しかったのでしょう)。100年経って、観光やエンタメやニュースとして消費していいようなムードになってしまったという・・・。たくさん人が亡くなった事故であるという事実は変わらないのにね。
タイタニック・オブセッションの理由その4:みんなが知ってるから
実はこれが真の理由なんじゃないかという・・・。タイタニックは、その悲劇の内容や歴史へのインパクトのレベルではなく、「世界中のみんな知っているということで知られている海難事故」、これが知名度の理由になってしまってないか。つまり、キム・カダーシアンのように「なんで有名になったのか誰もわからないのに有名なことで有名」、こうなっているような気がする。もっと歴史を変えた事件やもっと悲惨な事故はあるのに、そっちよりもタイタニックのことをみんなが知っているのは、みんなが知っているから知っていないとおかしい、みたいな現象なんでは。
以上が、私がぼんやりと推測するタイタニック・オブセッションの理由です。まあ、オブセッションと言うのは「理不尽なまでにひとつのことにこだわってしまう」というような心の状態だと思うので、理由を解析しても無駄なのかもしれないけれど。
今回、潜水艇で亡くなった方の中に、なんとこれまでに30回を越える回数、海底にあるタイタニックの残骸を観に行ったという人がいるんですよ。もしかしてその人は、
「タイタニックのあのフォルム・・・あのカーブがたまらないっ、10歳の時に写真で見て以来、もうとりこだ・・・何度観ても飽きない、ああ、もう3か月も至近距離で観ていない・・・体調が悪くなってきた・・・タイタニックよ、今週末また会いに行くからねーーーーー!!!」
みたいなフェティッシュな偏愛を持っていて、タイタニックが大好きで大好きでたまらない人だったのかもしれないし、そうだったら大好きなタイタニックのそばで永遠の眠りについてそれはそれで幸せだったのかもな、と思えるんだけど、そうだったらいいなと思うんだけど、他の人たちが「理由4」で乗船していないことを祈ります。つまり、お金あり余っててどう使っていいのかわからない人が「世界の誰もが知っているに違いないタイタニックを特権階級しか行けない海底ツアーで観に行くぜ!」みたいなんだったら悲しいよね。
過酷な自然の前にあっさり散ったタイタニック号事故の犠牲者たちも、観光や冒険や探索の目標にされることは望んでないと思うよ。どうか自分たちのような犠牲が再び出ませんように、みんな、大自然に充分な敬意と注意をはらうことを忘れないでね、って言ってると思うんだけどねえ・・・。