バーベンハイマー、日本で炎上
アメリカでは引き続き映画『バービー』と『オッペンハイマー』が絶好調みたいで、すごい金額を稼いでいるという興行記録がよくニュースで流れています。
私、でかいシネコンの近所に住んでいるのですが、そこの駐車場がもういっぱいでバーベンハイマー効果のすごさにひいてしまいました。畑ばかりの田舎街なので、みんなほかにやることないんでしょうか。こうまで、みんながみんなバーベンハイマー!バーベンハイマー!ってギャーギャー騒いでると、「意地でも観に行くものか、ブームが去った頃に気が向いたら観に行ってやってもいいけどな・・・へっ・・・」となるのは私だけでしょうか。観に行ったら負け、という誰と何を勝負しているのかよくわからない感情が湧きます。
それにしても、映画、2作ともあたってよかった、よかった。ワーナーとユニバーサルが社運を賭けて勝負に出た感があり、これでこけたら映画館ビジネスは本当にもういよいよ終わりだよなあ、とはらはらと見守っていました。なので、バーベンハイマー大成功のニュースをすごくポジティブなことととらえて喜んでいたんですよ。こういうふうに、同日公開の大作映画2作がどっちが勝つかみたいなライバルじゃなくて、「両方とも観に行くのがクール」「両方観ないとこの祭りに参加できないぜ」みたいに共闘して、うまいこと観客の奪い合いにならないで済むケースもあるなんてすごいな、とか思っていたのに。
海外でも報道された日本での「バーベンハイマー」炎上
日本ではこの流れがたいそう冷ややかに見られているというじゃないですか。最近、SNSをチェックする暇が無かったせいで、日本のTwitter(X、と言うべきか)の流れをニューヨーク・タイムズ紙経由で知ってしまうこのていたらく・・・日本人なのにさ。
‘Barbenheimer’ Isn’t Funny in Nuclear-Scarred Japan
https://www.nytimes.com/2023/08/01/world/asia/japan-barbenheimer.html
「核で傷ついた日本では面白くもなんともないバーベンハイマー」、みたいな感じ・・・? 英紙のガーディアンも記事にしてますね。
Barbenheimer backlash: Warner Bros apologises after its Japan arm complains | Film | The Guardian
皆さん私なんぞよりご存知とは思いますが、ざっくり流れを書くと、どこかのおバカな誰かが作った原爆とバービーをマッシュアップしたミームに、映画『バービー』の公式アカウントの中の人が乗っかって好意的に反応しちゃったという感じです。
ごめんなさいね・・・本当に。バカな暇人ばっかりで皆さんを傷つけて・・・ってなんで私がアメリカ人の代わりに謝らないといけないんだ。
いやもうこれね、擁護するわけじゃないけれど、元のミーム作ったどっかの誰かさんは、おそらく「いいね」もらうことくらいしか考えてなくて、ヘタすると原爆をどこの国がどこに落としてどうなったのかもよくわかってない気がします。脳みそがピンポン玉くらいしか無くて、なんかみんな騒いでるし僕も私もミーム作っていいねもらわないと!みたいな、人生にあまり楽しいことが無いかわいそうな方々です。何か私と同じ匂いを感じます・・・憐れんでやってください・・・。
が、しかし、公式さんはもうちょっと気をつけたほうがよかったんじゃないのか。これ、『オッペンハイマー』の公式さんじゃなくて、『バービー』の公式さんだったとこがミソだね。『オッペンハイマー』の方は、センシティブな題材だから公式アカウントの人はかなり問題起こさないようにトレーニング受けたり、何か発信する前にチェック受けたりしているはず。『バービー』の方は、映画のノリに合わせて公式さんも頭の中がお花畑になっている??
なんでバーベンハイマーが楽しいのか
ちなみに、どっちの映画もよくわからん、という方のためにざっくり書くと『バービー』は、かの有名なマテル社のバービー人形を主人公にした映画で、全編ピンクのペンキをぶっかけたようなトーン、ファッション狂いのブロンド美女が元気に楽しくちょっぴりおバカに大活躍する女の子頑張れムービー!ザ・エンターテイメント!・・・という感じです。100社以上のタイアップがついた巨大プロジェクトを若干39歳の女性監督グレタ・カーヴィグさんがプレッシャーの中よくまとめたと割と批評家にも好評。
『オッペンハイマー』の方はこれがまた、『バービー』の対極で・・・原爆の父と呼ばれた科学者ロバート・オッペンハイマーを描いた伝記映画。今まで不可思議コワい感じの映画と言えばこの人、という感じだったクリストファー・ノーランが何を思ってこんな3時間の重厚な歴史大作映画を撮ったのかよくわかりませんが、こちらも批評家・観客共に評価好評。
つまり、『バービー』と『オッペンハイマー』は「公開日が同じ」「映画会社が気合入れた作った大作映画」ということくらいしか共通点が無い、まったくかぶるところの無い2作、それどころか対極に存在する2作と言えると思います。
その2作をマッシュ・アップする、そこが面白い。
この「バーベンハイマー現象」が自然とどっかから湧いてきて、こんだけ盛り上がっているのは、そこだと思うのですよ。おバカとシリアスの融合というか・・・。全然関係ないじゃん、みたいな・・・。もともとはその現象に、原爆投下をバカにしたり茶化したり軽く見たりと言った意図は全く無かったと思うのです。純粋に「あまりに違う2作を同じ日に観ちゃえ!外暑いし!」「こんなに違う二作を同じ日に観たら頭おかしくなるよな」みたいな・・・。ほんと、それだけだったはず。無害なうまいミームもいっぱいあったし。
バーベンハイマー!バーベンハイマー!言ってるアメリカ人全員が原爆をバカにしてるわけじゃない。ごく一部が悪ノリしてそれが日本でまとめられちゃってるだけだと思う。
映画会社も、映画産業がストリーミングサービスに押されて斜陽で、そこにパンデミックもあって、かなり追い詰められている。しかも、こんだけ大金つぎ込んで作って公開の日を迎えたのに、俳優組合がストライキしていて、出演者がメディア・ジャック状態であちこちで宣伝することもできないではないか!! バーベンハイマー現象!?ミーム作ってくれたの?乗っかります乗っからせていただきます!! という感じになるのもよくわかります。
特に、『オッペンハイマー』の方は、ウハウハじゃないでしょうか。3時間、早送りもトイレ休憩も無しで集中してシリアスな映画を観るなんて、現代人には拷問に近いはず。絶対にはずすだろうな、こけるだろうな、と私は思っていました。そこに降って湧いたようなバーベンハイマー祭り・・・公式さんに止める手はありませんよね。
皆さんの炎上への反応は
ただ、バーベンハイマー、ちょっと盛り上がり過ぎました。
こうまで、皆が乗っかると無知な人、目立つために度を越えてしまう人も出てくるわけで・・・。自分が生まれる前に遠い日本で起こった悲劇などよく知らんわどうでもいいわ、という冷めた輩も正直いっぱいいますよね。そんなもんです、残念ながら。
かなり前に、中国で大人気だった蒼井そらさんが、南京大虐殺の日に中国語で中華圏の方々に向けて全然関係ない能天気な発信をした、ということがあったんですよ。で、「やっぱりAV女優は南京大虐殺の日が何日かなんて知らないんだな!」とか中国でヒンシュク買って・・・(AV女優さんたちに失礼な言い方だ!)。でもそのニュースを知った私の反応は、
「エッ・・・何日かどころか中国でそんな日があることすら知らない・・・いやそれAV女優以外でも多分日本でほとんどの人は知らない・・・」
でした。そんなもんですよね。いじめでも、いじめた方は覚えてすらいないのにいじめられた方は一生忘れなかったり。
あのきのこ雲を見ただけで悲しみがこみ上げる日本人の感覚、日本人にとって夏は原爆投下と終戦に思いをはせる季節であること、そういうのをわかるアメリカ人なんて何人いるんだろう。私が他国の傷みにピンと来ないように、きっと彼らにもわからない。
だからこそ、日本人は今回みたいなケースでは炎上していいと思う。いやそれぜんぜん面白くないよ、と教えてあげていいと思います。日本人以外で誰もそれを指摘する人はいないでしょうから。おバカちゃんには教えてあげないと。
でもどれだけ伝わるのか・・・
ニューヨーク・タイムズ紙の前述の記事に、80件近く読者のコメントがついていて、ざっと読んでみたのですが、うーん、不毛だなあと思いました。数年前、小川洋子さんが原爆投下の日に合わせて、いくつか原爆や被爆体験をテーマにした日本の文学作品をアメリカ人向けに紹介した記事がNYタイムズ紙に載ったんですけど、その時とまあ、おんなじ感じのコメントが多かった。
被爆には同情する、だけど、自分が始めた戦争だよね?
被爆には同情する、だけど、日本軍だってアジア諸国で一般人にひどいことしまくったよね?
「but」だらけで、理解を示しつつ厳しい。あとは、原爆投下が正当だったかどうかみたいな議論ばかりで・・・。タイムズは購読者の年齢層が高いのか、皆さん詳しいこと詳しいこと。実際にミームを載せた記事ではなかったせいか、「あれはいかん」というような意見は少数で、残念でした。どっちが始めた戦争か、日本もどれだけひどかったか、それはそれ、これはこれで、だからって原爆に関して無知さらしてくだらんミーム作るのはアメリカ人として恥だろ、って思うんですけど。
「100%我が国が悪く一切言い訳も何もありません」な感じでただただ悪事を認めてひたすら批判を受け入れるしかないドイツと違って、どうも日本は加害者のような被害者のような微妙な立ち位置なんですよね。今後は、被爆国として被爆者に無神経な奴らに抗議する時は、
「我々も多くの過ちを犯した、だけど、これはないだろ?」
とニューヨーク・タイムズ紙のコメントの皆さん風に言えばいいのかも。そうしたらもっと言い分を聞いてもらえるのかも。
映画産業の終わりの始まり
まあ、今回のバーベンハイマー現象って、「最後に大きな花火をドカンとあげて終わろう・・・」という映画産業と観客の最後のバカ騒ぎに見えて、そっちの方がなんか気にかかります。あのくだらないミームは、「くだらない、ああ、くだらない」くらいにしか思わないのですが。
みんな映画館が好きだと思うんですよ。ストリーミングばっか観てるくせに。本屋行かないけど無くなるのさみしいな、っていうのと同じで・・・。本屋はもう絶滅を食い止められないレベルまで来ていると思うんだけど、映画館はまだそこまでは行っていない。でも、どうもゆっくりと本屋と同じ運命をたどる気もします。
無神経なミームやツイートに水を差されたけれど、バーベンハイマーで盛り上がってみんなが映画館に戻るのはやっぱり喜ばしい事のように思います。『オッペンハイマー』を観た人が、広島や長崎に気持ちを寄せるようになってくれることを願います。
それにしても、くだらんミーム作るのも、それを拡散するのも、それを目にして怒るのも、なんか本当に時間の無駄で、なんのためにSNSとかネットってあるんだろうと最近つくづく思います。
と言いつつ、私もそれに関してこんな文章書いてるわけだし、この時間で『オッペンハイマー』の原作でも読んだ方が100倍有益ですね。ニューヨーク・タイムズ紙にコメントしていた方々によると、原作はたいそう優れたノンフィクションだそうですよ。これを機に私もマンハッタン・プロジェクトに関して勉強してみようと思います。