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アメリカ在住の日本人がいろいろ書き散らす

Twisties (空中回転技の最中に起こるイップス状態) シモーネ・バイルズ選手の棄権で次々と明るみに出る体操競技のホラーな現状

 今回の東京オリンピックで、アメリカの顔だった女子体操のシモーネ・バイルズの団体競技中の突然の棄権、かなりの衝撃でした。
「史上最強の体操選手、シモーネ・バイルズは○○日に登場します」
という感じでオリンピック開始前から報道でその名を連呼されていたり、CMや広告でも起用されていたり、私のようにあまりオリンピックに興味が無い人でも、嫌でも耳に目に入るチームUSAの目玉、大本命と言った感じだった彼女。

 団体競技の跳馬演技の直後に突如、「もう無理」となったようで、理由も「メンタル・ヘルス」だったためか、大坂なおみさんのケースと並べて語られている記事も多く観られました。
 大坂さんの時同様、メディアの大半は彼女の決断を支持、尊重する論調だけど、ソーシャルメディアでは賛否両論。「quitting」がトレンディングになっていました。
「無責任だ」
「何のために代表になったのか、代表落ちした人の気持ちはどうなる」
「チームメイトのことを考えていない」
「すぐにやめてしまうのをよしとすると、子供に悪影響が」
「怪我をしながらも演技を続け、アメリカに初の体操団体の金メダルをもたらしたケリー・ストラッグ*1の勇気を見よ」

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ピアース・モルガンのツイート

(こんなことを言って)悪いね、シモーネ・バイルズ、でも、楽しくないからといって途中でやめてしまうことはまったく英雄でも勇敢でもない。君はチームメイトやファンや祖国をがっかりさせたんだ。
(ピアース・モルガン*2のツイートより)

Sorry Simone Biles, but there’s nothing heroic or brave about quitting because you’re not having ‘fun’ – you let down your team-mates, your fans and your country.

 ピアース・モルガンは、多分炎上商法ですよね? この方、大坂さんとかメーガン・マークルさんとかも目の敵にしてらっしゃる。多分、上から目線の辛口コメントでみんなを怒らせて番組の視聴率アップさせているものと思われます。

 が、今回のシモーネ・バイルズちゃんのケース・・・。

 なおみちゃんの記者会見拒否とかとはまったく次元が違うと思いました。これは棄権しなくちゃダメ。どちらかというと、本人がやると言ってもコーチやチームメイトが止めに入らないといけないケースではないでしょうか。

 バイルズ選手は、跳馬の協議中に「Twisties」という状態になってしまったとのこと。これは、体操やダイビングなど空中でひねりや回転を必要とする競技をしている人なら、「ああ、あれね~」な現象のようです。
 さかさまになりながら体をひねってクルクル回って・・・というような動きを数秒で行うことは、脳に力学的な負担が大きくかかるらしく、空中で自分が今何をしていてどのへんにいるのかがわからなくなる危険ももちろんあり、それはもうおびただしい回数の繰り返し練習の末、マッスル・メモリーと本能に頼りながら技を行うことになる。つまり、彼女は車の運転のように頭で考えなくても大技ができるレベルにあったはず。しかし、「Twisties」が起こってしまった。
 「Twisties」は、空中で回っている最中に、習得した「感覚」がどうにも再現できなくなる、野球やゴルフでいうところのイップスに非常に近い状態。高いプレッシャーがかかった場面で出やすいそうです。
 跳んで回っている最中のイップス。恐ろし過ぎます。
 体操選手が演技中にそれを一度でも経験してしまうと、その感じを忘れることは難しく、幼稚園レベルの技からひとつひとつやり直して克服を試みるケースもあるとのこと。
 バイルズ選手は、上記をうまく説明できず「メンタルヘルス」という言葉を使ったり、謎コメントを出したりしてしまったようですが、よりによってオリンピック本番という一番大切な場面で「Twisties」が出てしまってもうできなくなってしまった、というのが真相のようです。
 これは手や足を折ったのと同じこと。やめる・やめないではなく、競技続行不可能な「怪我」です。ほかの競技だったらそれでも続行できたかもしれない。しかし、ここで無理やりやらせたらどうなるか。はい、過去の恐怖実例、痛ましい悲劇を読んでお考え下さい。

ソ連の体操選手、エレナ・ムヒナ:
モスクワ・オリンピックを控え、「できない、首を折ってしまう」と事前にコーチに抗議したものの、大衆とコーチからのプレッシャーに勝てず、現在禁止されている危険技をやらされて顎から落下し、20歳で四肢麻痺に。そしてその合併症で46歳の若さで死去。

アメリカの体操選手、ジュリサ・ゴメス:
ソウル・オリンピックの代表候補。前哨戦のような大会(日本で開催されていた)で、練習での成功率が高いとは言えない技を跳馬で挑戦、失敗して首から下が麻痺。15歳だった。3年後、合併症で死去。

プエルトリコの体操選手、アドリアナ・ダフィー:
1989年の体操世界選手権にプエルトリコ代表として出場、跳馬の練習中に首を負傷。17歳で四肢麻痺。

中国の体操選手、サン・リー:
1997年の中国の跳馬のナショナル・チャンピオン。1998年の国際試合の跳馬のウォームアップ中に負傷、17歳で四肢麻痺。

アメリカの体操選手、ドミニク・モセアヌ:
アトランタ五輪で史上最年少(14歳)の体操金メダリストとなった選手。上記の選手のような悲劇には見舞われてはいないものの、オリンピックで競技中に一歩間違えば大事故だった平均台演技の後、何の検査も診察も無しに数分後に床運動で演技するよう強要された経験を投稿。

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思いきり頭から落ちてます・・・

私たちの競技では、水の無いプールに飛び込むことを余儀なくされる。地面を見つける能力を失ったら、その結果は致命的。それがシモーネ・バイルズの決断の理由の一部だと思う。彼女は、チームと自分自身のために正しい決断をした。
(ドミニク・モセアヌのツイートより)

In our sport, we essentially dive into a pool w/ no water. When you lose your ability to find the ground—which appears to be part of
@Simone_Biles
decision—-the consequences can be catastrophic. She made the right decision for the team & herself.

 そう、体操は「調子が悪い、出来ないかもしれない」という人にやらせるには危険すぎる競技なのです!!

「イップスだと思うんだ、うまく体がコントロールできない」
「なにぃ!? 甘えんな、最後までやれよ!! 行け、おまえならできる!!」

こんな感じで選手送り出していいのは、ゲートボールとかバッグトス・トーナメントくらいでは・・・。

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バッグ・トス・トーナメント、田舎のお祭りで結構人気

cfarnsworthによるPixabayからの画像

 バイルズ選手も「メンタルヘルスを守るため」っていう言い方じゃなくて、「私の命とこれからの人生を守るため」って言えばよかったのにね。

 バイルズ選手批判派が比較しているアトランタ五輪のヒロインの一人で怪我した足でもう一種目を見事やりとげたケリ・ストラッグ選手も、

「皆が行けというから足がおかしかったけどやるしかなかった」
「あとで、私があそこで演技しなくても点数的に金メダルはとれていたということを知った。そのことを知らされていたら、私は決してあの場面で演技はしなかった」

と裏切られたような気持ちを語っている。彼女は、そのオリンピックの後で二度と競技に戻ることは無かったそうです。その彼女ももちろん、今回のバイルズ選手の決断を支持している。

 とにかく、過去の体操のレジェンドたちは「よくやった!! それでいい!!」というコメントしかないですよね。批判しているのは、多分体操を本格的にやったことがない人ばかりです。大坂なおみちゃんのケースとはそこが少し違うかな。

 アメリカの女子体操界、ラリー・ナッサー医師の性的虐待問題もあったし、闇が深すぎる。幼く才能のある女の子たちから、搾取している体質が絶対にある。親もスポーツ至上主義に染まり過ぎ。

 シモーネ・バイルズちゃんは、本物のチャンピオン! 子供に悪影響を与えるどころか、女子体操界の幼い体操選手たちに、自分の限界をよく知り無理だと思ったらきちんと声を上げようという大切なメッセージを残した。体操がすごいだけじゃなくて、聡明・賢明な女の子なんでしょう。最近の女の子は頼もしいね。

 スポーツって人生の質を向上させるためにあるはず。
 そのはずなのに、最近は苦しむアスリートが多過ぎる。アスリートは「アスリート」っていう生き物じゃなくて人間。あまりに超人な人が多いから、そのことを忘れてしまいそうになるけれど、結局、人間、なんだよね。

*1:アトランタ五輪体操のヒロインにされている

*2:英国の有名テレビ司会者